テーマ2 人生は誰もが主役−続き
ついでにもう一つ、僕が大切にしている話をしましょう。
2001年12月、開催された全日本インカレの時、東北学院大学のリベロ、今井康晴君は試合前の練習で突然倒れ、意識を失いました。すぐ病院に運ばれ、手厚い治療を受けましたが、今井君の意識はついに戻ることなく、短すぎる人生を終えてしまったのです。知らせを受けて直ちに上京したご両親、大学関係者、チーム全員の懸命の看護も空しく悲しい結果になってしまったことは、僕達にとっても本当に残念でした。
年が明けて2002年秋、東北の一部リーグで東北学院大学チームは事前の予想を覆し、逆転優勝しました。優勝は実に1年振りのことでした。部員は、今井君も天上から応援してくれた結果だと受け取り、早速優勝盃を持って主将以下何人かの人々が墓前にかけつけました。それを誰より喜んでくださったのは、今井君のご両親でした。ご両親は、「康晴は本当にバレーボールが大好きでした。また東北学院大学のチームを心から愛していました。無理と判ってのお願いだが、この優勝盃を喪が明けるまでここへ置いておいてくれませんか。私達はこの盃を見ながら息子に毎日手を合わせ、霊を慰めたいのです。」と。部員の皆さんがこの申し入れを快諾したことは勿論です。
今井君を失った東北学院大学の部員諸君は姿が見えなくても、彼を仲間として憶い続けていたこと、故人の霊も“無”ではなく、どこかにいて応えたと思えませんか。
「亡くなった友人に対しては悲嘆によってではなく、追想によって共感を寄せようではないか。」 エピクロス 「断片 その1」
このギリシャの哲人の言葉通りの行動を、東北学院大学チームがとってくれたことを僕はうれしく思います。亡き今井君にとって、今なお君達一人一人は主役なんですよ。
ここまでの話に区切りをつけるため、まとめに入ります。
“人生は誰もが主役” この言葉を一生身につけておくだけで、君達の人生は必ず変わります。“俺はダメだ”、“私はいまいちだから”と自分を卑下することなく、堂々とどんな脇役でも(草履取りでも)一生懸命やりなさい。道は必ず開けるものです。誰かは必ずそんな君を主役と見ていてくれますよ。
よい例が僕です。僕はバレーボールを始めるのが遅かったこともあるし、もともと良い素質もなく下手な選手でした。その僕が今、全日本大学バレーボール連盟の会長です。もっと上手かった沢山の選手ではなくて、何故僕か?不思議じゃないですか。ボールを拾い、ラインズマンをやり続けている選手の皆さん、君達がいつの日か僕の立場になるかもしれないよ。いや、なれるんですよ。40歳過ぎたらバレーの上手いも下手もない。勝負は人物、人柄、人望に変わるのだから。
その人望についてふれましょう。次の文章を読んで下さい。
「大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況をみていくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたもののなかにこそ大切なものがある。それを見つけてゆくことだ。人の喜びを自分も本当に喜べるようになることだ。人がすぐれた仕事をしているとケチをつける者も多いが、そういうことはどんな場合にもつつしまねばならぬ。また人の邪魔をしてはいけない。自分がその場で必要を認められないときは黙ってしかも人の気にならないようにそこにいることだ。」
若い君達にはこの言葉の凄さが多分判らないと思います。どうか40歳、50歳、60歳になるまで保存し、読み直してください。何歳かで必ず君達は感激のあまり涙を流すことでしょう。流さない人は・・・・まだ年がいかないのです。70歳になったら判るでしょう。でもそれでも遅いとはいえません。死ぬ一日前に判っても、判らない人との人間の価値は大違いなのです。
これは渋沢敬三という人の文章です。この人の父親は明治、大正、昭和を生き抜いた日本財界の第一人者、渋沢栄一です。この文には、大成功者 渋沢栄一の教えがしっかり入っています。栄一は当時、福沢諭吉と並ぶ常に社会の第一人者であったのですが、本人はなるべく脇に脇にと心掛けたんですね。逆説的ですが、その心掛けが、彼を無理矢理主役にさせてしまう力になったのだと思います。