テーマ2 人生は誰もが主役
小学生に入ると、早速に学級委員長とか、スポーツで一番とかクラスの主役になる人が出てきます。そして大学も、社会に出ても、それは続きます。何人、何十人の中で必ず主役の人がその時、その時出てきます。バレーボールでもキャプテンとかエースは主役になります。
しかしボクは、”ここにいる人すべてが主役なんだよ。いや、人間は皆主役なんだ”と皆さんにはっきり言いたいのです。例えば、皆さんの父兄が運動会でビデオを撮る。
たとえ君がビリであろうと、途中で転ぼうと、そのビデオは君を撮り続けます。音楽会で一番隅にいて、鐘をチンとたった一回鳴らす役に君がいても、ビデオの主役は君なのです。
なぜなら、君たちのお父さんやお母さんにとって、どこで何をしていようと舞台の主役は君なのです。片隅にいようが、ビリだろうが君以外の主役はいないのです。これが判ると、ああ、そうか”人は誰でも必ず誰かにって主役なんだ”ということが理科できるはずです。
逆に考えるとよく判ります。仮に君のお父さんがA社に勤めているとすると、君とってA社はお父さんの会社なのです。君だけではない。家族全員にとって、A社はお父さんの会社であり、A社の主役はお父さんなのです。
皆さんが主役であるだけではなく、皆さんが多くの周辺の人々を主役にしていることも、これで判りますね。例えば、兄弟、友人、親戚、先輩、後輩との関係もこうして互いを主役にすることから、重層的な人間関係が生まれるのです。
皆さんは先ず多くの人を主役にするように働きかけなさい。働きかけた人はいつか君を主役にするよう努力してくれるでしょう。もともと僕は人より優れているから、グループで主役になるのが当然だと思っている人は、いつか人生の敗者に向かいます。本人が敗者と気付かぬだけで。
昨年の、関東NT大のマネージャーW君は、僕から見てもよく部員の面倒を見る立派な人でした。朝早くから夜遅くまで、よく働いていました。秋リーグも終わりかけていたある日、”今日ユニホームを着て、ベンチ入りします”というので、僕は拍手をして”よかったね”と言うと、主将のM選手が言い出し、皆が世話になったWに一回でもいい思い出を残させたいと、監督にお願いして実現したそうで、その時から彼の目はウルウルでした。
試合での彼の活躍には触れないでおきましょう。でも皆さん、いい話でしょう。主将のM選手は、今年のユニバーシアードのメンバーです。彼を推したM君以外の選手も、皆チームにとって主役的存在です。その人達がいつも縁の下の力持ちの仕事ばかりで、お願いしたり、誰かの尻拭いで頭を下げてばかりだった友を”主役”にしてくれたのです。本当の友情は相手を主役にしてあげる努力から生まれます。このことやって卒業したNT大のあの学年の人々は、将来必ずや社会でよい人間関係をつくり、それを武器に立派な人生を歩むことと、僕は期待しています。
僕は学生時代に父の死に遭遇しました。一時は悲しさのあまり、何も手につかない状態でした。やがて思い直し努力し始めてから、何をするにも”お父さん、見ていてね”といいながら、心をふるい立たせたものです。今は亡き父も母も天上から、僕を主役として見ていてくれると信じています。親だけではない、今ここにいないが親戚、恩師、友人、先輩、後輩等、僕を主役と見てくれる人に”見ていてください”と言いながら努力しています。皆さんも参考にしてください。
バレーボールの試合には、ラインズマンが必要です。ここにも試合中、あまり人は見てくれないが、本当にしっかりやっている人々がいます。でも僕は試合では、脇役の彼らを主役化して見ています。誰がうまいかよく見ています。国際試合に使いたいかっこいい人が何人もいます。
学生の中からは僕は今の何倍か多く審判のプロを輩出したいと思って、これから作業に入ります。一つの試合にいろいろな主役が舞台に登場し、盛り上げるのが理想だと思っています。
豊臣秀吉は百章出身でした。流浪して、漸く武士の最下級足軽にとりたてられました。とりたててくれたのは、織田信長です。最初の仕事は草履(ぞうり)とりで主君が出かける時、はく草履を揃えるだけの仕事です。後に天下をとるだけあって、信長は勘のよい主君でした。あるとき、秀吉の揃えた草履が温かかったので、”俺の草履の上に座って待っていたな”と激怒したのです。秀吉は”とんでもない、これを見てください”と胸を開きました。そこは砂だらけです。秀吉は主君の草履を抱いて、温めていたのです。すなわち自分の任務に、誰より心をこめて打ち込んでいたのです。信長が秀吉を認めた最初のひとこまです。
僕が大学を卒業し、M銀行に入社する直前のことです。小林一三という大先輩が大学にこられ、一握りの学生に訓示をされました。小林一三は阪急グループ・宝塚・東宝・後楽園などを一代で築いた天才的大経営者です。彼は言いました。”君達がこれから会社に入ると随分つまらない仕事もやらされるだろう。でも不平を言うな。草履とりを何年やらされても不平を言うな。その代わり「日本一の草履とりになってやる」と決め、努力しなさい。会社は日本一の草履とりを草履とりのままにはしておかないよ。”これにはすごい感銘を受けました。
僕はすばらしいラインズマンをいつも愛情深く眺めているのは、この小林一三の言葉が原点なのです。あのラインズマンはきっと社会に出たら、大きく成功するはずです。