テーマ1 人との縁を大切に
人は生まれて多くの人と出会います。話をすることもあれば、しないで一生二度と会わないこともある。ともかくとんでもない数の人々と会う訳です。親・兄弟・親戚を始め、友人・先輩・先生・後輩などと付き合うううちに、その人の運が次第に形成されていくのです。よい先生、よい友人と出会った人は幸せです。
僕は中学の時、化学はとても良い成績で物理はよくなかった。担任は僕の成績表を見てよく首をかしげた。でも僕はその理由を知っていた。化学は大好きな先生で物理はそうではなかった。理由はそれだけ。とても単純だったのです。もし化学も余り好きになれない先生だったら、中学で僕は理系に全く向かないというレッテルをはられただろうし、逆に物理にも大好きな先生と出会えたら君は間違いなく完全な理系タイプと言われた筈である。先生も何を教えるかより、生徒が先生を好きになるよう努力することが実は大切なのです。
ここにいる皆さんはバレーボールが大好きな人々だと思う。どこでバレーボールと出会ったのか知らないが、間違いなく先生が好きだったか、友達が好きだったかのどちらかだと思う。だからといって、好きだからうまいという訳にはいかない。努力しても下手な人もいよう。差当り僕自身も下手だった部類に入ることは間違いない。でも共通していることはバレーボールを好きだということだと思う。
(人間とは本来不平等なもの)
好きなバレーボールだ。努力すればうまくはなる。しかし、それでもほかも選手と比べると相手の方が上だという場面があるはずだ。身長一つをも見ても、ジャンプ力を考えても敵わないだけではなく、こちらの努力だけでは届かない。その時大切なことは、人間とは本来不平等に生まれついている、と気付くことです。こう割り切った上で、その上で自分に出来ることを一生懸命努力する。努力すれば届く処で部に貢献し自分を生かす。こう考えると、部生活はまた楽しくなる。そしてバレーボールが更に好きになる。
僕はバレーボールには神様がいると信じている。身長の高い人、バネの強い人を見て羨ましいと思いながらも、バレーボールが好きで一生懸命努力していると、神様は何かの贈り物をして下さる。ある時はそれが素晴らしい友人、後輩のもともあるし、またある時は偶然のすばらしいチャンスであったりもする。大学時代、レギュラーにもなれなかった僕が今でもバレーボールから離れないでいるのは、人との縁を大切にしてきた努力と、神様から授かった贈り物のおかげだと思っている。人は本来不平等に生まれついている。しかしそれはやむを得ない。でもバレーボールだ好きでたまらない。若い頃の僕と同じような人がここにも沢山いるはずだ。どうかそれぞれ自分に出来る努力をして下さい。続けて下さい。君にも多くの人々との太い縁がバレーボールを通じて出来ていくものと信じています。その上にバレーボールの神様はいつかとんでもない贈り物を君にも授けてくれるでしょう。
贈り物とは?
Nobody
knows です。知っているのは神様だけ。でも僕は頂いた。きっと君達ももらえるでしょう。神様は努力に対して公平だから。何年も何十年もバレーボールを君が好きでいる限りはいつかはきっともらえます。